私と国の制度?
お役所?
福祉事務所?
梅雨も終わり、すっかり夏休みですね(-.-)
先日‥
恒例の?夏季休暇中における、介護時間の加算申請。娘を連れ、管轄の福祉事務所へ行ってきました。
我が家では障害のある娘の(学校以外、保護者以外の)介護は、主に介護派遣により賄われています。利用は居宅介護と移動支援です。
我が自治体では放課後支援として、2年位前から児童デイサービスが流行りだし、娘の通う特別支援学校(旧・養護学校)の小中学生の多くはデイを利用しています。
中には高校生まで扱うデイサービス事業所もありますが、数は少なく、現状況での空きはありません。待機で通常2年待ちとか(現在利用している児童が卒業したら空きが出るということ)。
福祉事務所は制度として、娘への今の支給状況は、あくまでも特例。母子で働かねばならない状況であることによる、就労支援で出している部分が大きい。本来の制度による支給とは異なる。
その為、他の制度(デイなど)を活用する努力をするように。ずっと今のままの支給の仕方は出来ない。
と言うのですが‥
これは国が知的障害者の介護に見守りを認めていないので、私への就労支援という自治体の支援がなければ、娘自体への介護支給は格段に減らされるということです。
*娘は身体障害も重複している居宅介護の対象者であり、身体介護あり(見守りだけではない)と認められているので、介護支給全てが無くなりはしません。
でも本来、自閉症含む知的障害をもつ人への見守りは、必要不可欠。
娘の生活も、常に誰かが付いていなければ、成り立ちません。
制度として、本来の制度の目的として‥と、福祉事務所の担当者は話されますが、
その制度が間違っているとは、思わないのでしょうか?
政策や制度は時として、ひるがえります。
自立支援法、その制度も然り。
いち職員である福祉事務所の担当者に個人的な怒りはありませんが、施設入所を簡単に口に出されるのには違和感を感じます。
母子、重度の子供、大変だったらイコール施設入所‥の想定図式は、止めて下さい。
人里離れた山の中に大きな入所施設を1つ作るより、地域にグループホームを小まめに作ったり、自立生活する人へ介護助成をしたほうが、金銭的にも安上がり。
もちろん金銭的な面だけでなく、人として生きる、という根本的なところでの思想です。
なのに施設入所の概念は根付いてしまっていて、中々ぬぐえない。
でもね、私は娘を地域で生活させますよ。行政交渉に疲労困憊する日は、まだまだ果てしないかも知れないですけれども。
胃痛に悩まされながらも、娘を育て、互いに人として生きる道を選んだ、あの時から。私の思いは変わりません。
担当者さん、いつも困らせて、すみません。係長さんに宜しく。
さぁ、夏休み。
相方が庭に植えたナス、キュウリ、大葉にプチtomato、琉球オクラよ。愛しげに世話をする相方のためにも、喰う族の娘のためにも、元気に育っておくれ。